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Rui Nakamura
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最強色男、散る。③

KEEクラブのトイレは割と広い。そして明るい。ハッキリと整ったダニエルの顔が見える。

私はトイレボウルの蓋を閉めるとそこに座った。シャンパンをグイっと飲む。

「じゃぁ……、ここで楽しむ?」

「うーん。それはどうかな。それより教えてよ、あなたのフィアンセはどこにいるの?今香港にいないからこうやって遊んでるんでしょ」

ダニエルは露骨に嫌な顔をして、私を見下ろしている。

「あら、フィアンセじゃなかったかしら、ワイフ、だったっけ?もう結婚した?まぁどっちでもいいけど。おめでとうって言ってなかったわよねー、おめでとう。すごく幸せね」

シャンパンが回り始めている。それでも、気分はすごく良い。

物凄く嫌そうな顔をしながらも、ダニエルが言った。

「僕のガールフレンドは最高だよ。彼女はすっごくゴージャスで、彼女をすごく愛してるんだ」

「そうね、その彼女は、今あなたがこうしてること、好きじゃないと思うけど」

ダニエルが顔をしかめる。

「……そうだね。多分好きじゃないだろう」

「ねー、そう分かってるなら、何でこうゆうことをするの?あなたの愛してる人を、どうしてこんな風に裏切れるの?」

そう言ってるうちに、酔いが回った頭の中に、今朝から私を悩ませ続けているミスター・SHYのことが浮かんできた。

「どうしてって……。セックスは最高じゃないか」

「彼女とすればいいじゃない」

「勿論するよ。でも、こうやって僕には僕の楽しみがあってもいいじゃないか?セックスは無限の楽しみがあって、そう、それはまるでケミストリーなんだよ!」

その言葉が、私の脳天に直撃した。ケミストリー。化学反応。それと同時に、SHYのことがハッキリと思い浮かんだ。そう、彼とは全てがケミストリーだった。何もかもが、信じられないくらいにパーフェクト。

そのSHYとこれからどうなるか分からない、今、二人は結構なターニングポイントにいるかもしれない。それでも──、それでも、彼以上にケミストリーを感じないのであれば、一緒に時間を使う意味なんてどこにも無い。

神様、ありがとう!あんな素敵な相手に出会わせてくれるなんて!

だって、目の前にいる、私がずうっと「最強色男」と思ってたこのダニエルでさえ、もう何でもなく思えるんだから。

私はシャンパンを飲みながら、ニヤけながらダニエルに言った。

「やっぱり、あなたとはフックアップしないわ。私、恋人が出来たの」

彼の顔が一瞬硬直した。引きつった笑顔で、「それは素晴らしいね、おめでとう!」と言ってきた。

恋人、というのは嘘だったけど、似たようなもんだろう。

「で?君は彼を裏切ることは絶対無い?今、この時点で彼が他の女とファックしてても、かい?」

私は、心に一点の曇りも無く、ハッキリと笑顔で言い切った。

「関係ないわ。私は彼を裏切りたくない、でもそれ以上に、自分のハートを裏切れないの」

ダニエルは溜息をつくと、ポケットからコカインの入った小さな袋を取り出すと、私の後ろのバッグなどを置くスペースに白い粉を撒いた。

そして、アメックスのブラックカード──しかもプラスチックでは無く、メタルで出来た特別なもの──を使って、それを二本の細いラインにした。五百ドル札を取り出すと、それを小さく丸めてストロー状にした。

その作業をしながら、彼は言った。

「君、今いくつ?25歳だっけ?そうか、僕が25歳のころはね、車は五台、フェラーリにベントレー、ランボルギーニ、それと、ジェット機も持ってた。金もあって、裕福だった。親が買ってくれたんだよ]

「あら、それって私がいずれ手に入れるものばかり。私も結構金持ちなのよ、はははは」

ダニエルは冷ややかな目で私を見て、続ける。

「それで今──、今は35になって、車ももっとある。でかいヨットも、自家用ジェットもヘリもある。人生はますます良くなるばかりだ」

すごい、とは思ったけど、羨ましいとは思わなかった。

私のシャンパン漬けの頭の中は、もうSHYのことで一杯で、一人で幸せ気分に浸っていた。

彼といるときのあの感覚を知った今は、車やらリアジェットやら、一体それがどれほどの価値になると言うんだろう?

「ふーん。それで?何が言いたいの?」

その発言にショックを受けたような顔をして私を見ると、ダニエルは一本目のコークのラインを終わらせた。

鼻をズズーっと鳴らして、天井を仰ぐ。

そして私を見下ろす位置に頭が戻ってくると、言った。

「何が言いたいかってね、僕は今、本当に幸せなんだよ、金もあって、そして彼女に出会った。以前の俺は、毎晩のようにパーティしてて手がつけられなかったけど、彼女に会って、全てが変わって、今、本当に満たされている……」

「素敵!それって、今の私と一緒。私も、彼に出会って変わったの」

本心から共感して言った。そしてトイレから立ち上がった。

「だからやっぱり、あなたとこうやっていることは出来ないわ。私、本当に彼に恋をしているから」

バラの花びらを浮かべたシャンパンのグラスに、まるでそれがミスター・SHYかのようにキスをした。

「ダーリン、君はゴージャスだ」

そうやって近寄ってくるダニエルを手で制した。「ありがとう、あなたもすっごくゴージャスよ」

「君なら、どんな男でもゲットできる。弟から聞いてるよ。億万長者も映画スターも総ナメだって」

「そーねー、当たらずとも遠からずかな」

「そんな君が、こんなことを言い出すなんて」

私はニコニコしながら答えた。

「いいの。億万長者も、映画スターも、そんなことどうでもいいの。もう、彼以上に魅力のあるものは何も無いの。あなたのセックスも本当に良かった。でも、彼は、全てにおいて、私の過去最高なの」

「今、その男がこうやって僕のように君を裏切っていても?素晴らしいセックスを約束しても?」

「関係ない。彼以上に魅力があるものは今のところ本当に無いの。私、彼をすっごく愛してて、将来の二人の形がどうなろうと、関係ないの。大切なのは、この気持ちを大切にするってだけ。それがこれからの私の基準でね、それを超える何かが現れるまでは、やっぱり無理みたい」

ダニエルは本当にイライラしている様子で、トイレのドアを開けようとした。

私はそれを手伝って、自分から開けると、そこを出る前に振り返って言った。

「私、本当に恋をしてるみたいねー。すっごく素敵!」

踊るような足取りで、ピロリの待っているテーブルに戻った。

すごく幸せな気分だった。自分の中に、それほど大切な気持ちがあるということに気がついたからだ。SHYとの関係の形がどうであれ、あのフィーリング以下のものはもう経験したくなかった。

しばらくして、私とピロリはKEEクラブを出ることにした。バロン氏はしつこく私たちを引きとめたけど、ダニエルは私に怒っているのか、チラっとこっちに笑顔を見せただけで、無視をすることに決めたようだ。かなりプライドが傷ついたらしい。

KEEの外に出て、私はトイレの中での出来事を話した。ピロリは大喜びして、私を抱きしめた。

「おまえ、最高!あいつら、金持ってること鼻にかけてて超うっとーしかったんだもん!ザマーミロ、金でもパワーでも手に入らないものがあるって分かっただろうね!最高にかっこいいわ!」

二人でダニエルの最期について大爆笑で語っていると、後ろに見覚えのある男がいることに気がついた。

「お坊ちゃま軍団」の一人、ミシェルだ。

濃いけどかなりの美形で、新婚だけど私とフックアップしたくてしょうがないらしく、毎回しつこく迫ってくる。

「あはははは、今日はどうしたんだろ?ルイとやりたがるあの軍団の連中ばかりに会うな」

ミシェルは泥酔してるらしく、私に近寄ってくると、後ろからお尻を撫でた。

「あーら、ごめんなさい、私のお尻ってぺたんこでしょ?」

歩き続けながら後ろを振り返って言った。以前、ミシェルの誘いを断ったときに「ペタンコの尻のくせに」と言われたことがあって、それをイヤミで言ったのだ。そりゃ、彼のお国の女に比べたらペタンコもいいところだろう。

「あぁ、ほんとにペタンコだよ」

「じゃぁ、胸はどうかしら?」

上半身だけ振り返って、ジャケットを開けて、深いカットのドレスの胸元を見せた。

「それは大きいね」

「でしょ?私もこれは大好き」

そう言ってピロリと大爆笑した。

泥酔のミシェルは階段でつまづいて転んだ。

「アホだな、こいつ」

ピロリと私は、大笑いして、そのまま彼を放ったらかして、その場を歩き去った。

「今日はどうかしてるな、アホばっかり」

「ほんと。私、あいつらの財力はすごいけど、全然羨ましくないわ。もっといいもの、もう既にいっぱい持ってるもん」

そして二人で思いっきりハグをして、手をつないでタクシーに乗り込んだ──。

about 16 years ago 0 likes  0 comment  0 shares

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