ピロリがトイレに行くと言って席を立ち、私が一人きりになった途端、入れ違いにバロン氏とダニエルがどこかから戻ってきた。恐らく二人でドラッグをテイクしていたんだろう。さっきよりもハイになっている。
ダニエルがピロリの座っていた場所に座り、私を真正面から見つめた。
呆れるぐらいセクシーで整った顔立ち。完璧にツボだ。
私はそのセクシーな男をジっと見つめながら、ライチ・マティーニのグラスを口に運んだ、その瞬間──。
「今夜、バロンと僕と君三人で、ファックしよう」
ブブブブッとマティーニを噴出した。むせる。この男には毎回飲み物を吹かされている気がする。前回は「僕と君」だったような気がするけど、今回は一人増えている。
ゴホゴホとむせ返っていると、彼は、恐らくコーク(コカイン)のせいでガンガンに開き切った瞳で私をジっと見つめ、真剣な顔で話を続ける。
「絶対楽しいよ、ホテルのスィートを借り切ってさ、三人でめちゃくちゃ楽しもうよ。DEAL?(契約OK?)」
そう言っていきなりキスをしてきた。
「……いや、それは楽しいのかしら?」
「絶対楽しいよダーリン!君はエンジョイするはずだ!」
そのとき、事情を知らないピロリが何食わぬ顔でテーブルに戻ってきた。天の救い!
「あんたも知ってると思うけど、前回みたいに、彼女が代わりに交渉するわ。彼女は私のプライベートのマネージャーだから」
「は?何が?」
キョトンとしているピロリに私が事情を日本語で説明する。大爆笑のピロリ。
「で、結局あんたは三人でしてもいいわけ?やめときなよ」
「当たり前じゃん!でも、ダニエルだけだったら考えるね」
「ありだね、それは。この色男ならそりゃしたいわ」
早速、ダニエルとバロンは必死にピロリに交渉を始めた。
「君の親友を楽しませてあげるんだよ!素晴らしいことじゃないか!」
「いや~、でも~、ルイは三人ってのは好きじゃないと思うけど~……。てゆうかさー、ダニエル、あんた、そんなにルイとフックアップしたいなら、彼女と愛人契約でも結べば?」
さすがピロリだ。そう持っていくとは。
「だめだ、出来ない」
「何で?」
「僕は貧乏だよ。契約金にハーフ・ミリオンUS(五千万円)くらいしか出せないよ」
「ぎゃはははは!充分でしょ!」
「いーや、安いわよ、それは。毎月、の間違いでしょ?」と、横から私も口を挟む。
テーブルの上ではすでにピンクのドンペリのボトルが、3本ほど空いている。
するとピロリは、こっそりダニエルに耳打ちした。
「ポイントはね、お金じゃないの──。ルイはあなたと二人きりならいい、ってことなのよ」
するとダニエルの目がキラリと光った。
「じゃぁ、ピロリ、君がバロンの相手をしてくれ。僕がルイとファックする」
「はぁ!?バッカじゃないの。あたしは絶対いやだからね!」断固拒否のピロリ。
「ほーらね、ピロリもいやがってるし……。DEAL は難しいかもね~」
「いーや、僕は絶対君としたい。じゃぁ、そこらへんでキンパツの女を引っ掛けてくるよ。あいつらビッチだしイージーだよ。で、キンパツとバロンをヤラセとけばいい」
本当に友達なのか?結構ひどい言い草だ。
そしてダニエルはこう言った。
「いいかい?バロンは香港で最もリッチな男の一人なんだよ」
その一言が、私とピロリの気に障った。
「だから?そんなの、マジでどーでもいい」
吐き捨てるように言った。
相変わらず、ダニエルもバロンもセクシーでかっこいい。それでも、何だかそういう風に目に映らなくなってきた。
私とピロリを挟むようにして座っている男たちは、香港でも屈指の、世界中の社交界でも名の通っているリッチ・ガイたちなんだろう。しかも、若くは無いが、二人とも女には絶対不自由しないくらいセクシーな男たちだ。
そんな二人が必死にセックスを頼む姿は、滑稽を通り越して嫌気が差してくる。
少なくともダニエルに至っては、今日の今日まで「素晴らしくセクシーな色男」というタイトルを与えていただけに、何だか寂しくなってくる。
そのとき、私はふと、あることを思い出してダニエルに言った。
「そうそう、あたし、あんたに言いたいことあったんだよねー」
彼はハッキリと、ギクリとした態度を見せた。
「あんたさ、あんたの弟に、あたしとフックアップしたこと言ったでしょ。あんたが秘密にしようって言ったくせに、ずいぶんお喋りじゃない。お陰でアンタの弟は色んなところで言い触らしてくれてたわよ」
そう、ダニエルの弟は私より少し年下で、私やピロリがよくクラブで一緒にパーティをしている、香港在住の外国人リッチジュニアたち──通帳「お坊ちゃま軍団」の一人で、その弟がグループの連中に言い触らしたせいで、あること無いことが広まり、彼らの中で私はかなりの「ツワモノ」と伝説化されている。
ダニエルは慌てて弁解を始めた。
「いや~、そういうつもりじゃなかったんだよ。ただ翌日に弟と会ってね、昨日は何してたって言うから、日本人の超~HOTな女の子と一緒にいて、最高だったよって言ったんだ。そしたら弟が、”ちょっと待てよ、日本人で超HOTな女?それってもしかして……”って君の名前を言って、それで、弟も君とフックアップしたことがあるって言うじゃないか、僕はそんなの知らないけど……」
「あーそう。そうそう、アンタの弟とはしたわ。でも未遂だったけど。だって彼、使えなかったの。多分、コークのしすぎでしょ。あんたの方から指導しといてよ」
ダニエルはギョっとして、思わず体をのけぞらせた。ここまで堂々と認めるとは思ってなかったらしい。
私にしてみれば、どうせ一緒だ。この連中は、金持ち連中ってのは噂好きで、無いことばかりを大声で話している。今更こんなことを認めたところで、これよりハードコアな噂を耳にしているに違いない。
「あんたたちって、ほんと下らない。あんたたちが聞いてることは、ほとんど事実じゃないし」
ピロリも半ば切れ気味に言った。
「いや、僕は知らないよ、本当に。どうでもいいし……」
焦るダニエル。
「でもね、ダニエル。あなたは弟と違って最高だったわよ。すっごく楽しんだし」
私がそう言うと、驚きつつも喜んだ表情になった。
「それならルイ、今夜は二人きりになろうよ。僕の運転手が下で待ってる。君はそこに先に行って、僕が五分後に現れるっていうのはどう?」
そうやって、バロン氏やピロリに聞こえないように耳打ちしてきた。
「ふーん。それもいいけど、でも聞きたいことがあるの。あなたのフィアンセは、今どこにいるの?」
ダニエルが一気に嫌そうな顔をする。
「そんなこと、君が知る必要は無いと思うけどね」
「そう?でも、すっごく知りたいの。多分、知る必要があるからだと思うけど」
シャンパンで楽しい感じに酔い始めてきていた。
「どうしても知りたいなら、トイレに行こう。そこで教えてあげるよ」
「いいわ」
ダニエルは私の手を引いてトイレに向かい、キョロキョロと辺りを見回してから、一番奥のドアを開けた──。
to be continued