今日土曜は一日中家でボウっとして過ごす。
日本にいる母と電話をし、昨日、ハチャメチャな一日の内容を全部話した。
母は今や人生の先輩で──、恋愛のこと、セックスのこと、パーティのこと、仕事のこと、友人のこと、彼女には何でも話せるし、彼女の意見はいつも正しい。
今日の話題は、昨日の朝に起こった、SHYとのバッド・ラックから始まった。
「何て言っていいか分からないんだけど……。とにかく今、どうしようってテンパってるんだけど」
そう前置きしていると、母の声がどんどん不安げになってきた。
「何?何があったの?そっちでは解決できないこと?」
「出来るけど……。ちょっとどうしていいのか」
「まさかアンタ、ハッパ所持とかで逮捕?」
「そんなことはしないよ。クリーンだから」
「じゃぁ何?妊娠とか?」
「それは嬉しいかもしれない。そんなことじゃなくてねー!」
そして、SHYから届いたとんでもなくアンハッピーな内容のメールについて話して聞かせる。
全部を言い終わる前から、いつもと違って相槌をうつ母の反応は穏やかだった。
話終えると、明るい声で、そして「何であなたがそんなに悩むのか分からない」というような口調で言ってきた。
「とても紳士な人じゃない。優しい子だと思うけど、その男。母としては、あなたが彼といるのなら、ちょっと安心できるのに、何故あなたはそんなに落ち込んでるの?」
「だってさ……。この件で相手も今まで物凄くモヤモヤしてたのかなぁって考えると……、何かもう、アチャ~って感じなんだけど。自分がすごく嫌だというか……」
「バカじゃないの。少なくとも、お母さんとしてはピロリちゃんと同じ意見だね。あんたのことをちゃんと考えて、これから続けていく意思があるから、こうやって対応してくれてるんでしょう。それとも何?あなたが別れたいの?」
「まさか!」
「だったらね!いつも通り、サクっと流しなさい、このことは。彼のモヤモヤをあなたが払拭してあげればそれで済む話じゃないの」
やっぱり母に話して良かった。彼女が言うことは、とても説得力がある。
そのあと、私は昨夜KEEクラブで起こった一連の事件を包み隠さず全て話した。(「最強色男、散る①~③」参照)
その話を聞きながら、母はところどころでブブブっと噴出す。
それにしても、あの内容を笑いながら聞ける母親も、中々珍しいのではないだろうか。
そして話が終わると、母はサックリと質問をしてきた。
「ところでね、何でそんなかっこよくて恵まれてるリッチな人たちが、アナタたちみたいな田舎の小娘を必死で口説くのかしらね?」
それを聞いて、今度はこっちが噴出してしまった。
「そんなに香港にはイイ女がいないの?」
「失礼な!違うよ~。理由は色々あると思うけどねー」
「色々って何よ」
「例えばねー、ルイの場合だと、昔付き合ってた億万長者やら映画スターっていうラインナップが、ああゆう人種には魅力に映ったりするんだよ、お母さん。男ってのはね、そういうのと自分が同等だって思うことがすごく快感だったりするときもあるんだよ。ああ、俺もあの男と肩を並べたって。バカバカしいけど、あの手の人種には結構多いんだよ。下らないよね。こっちはそんな肩書きなんかで評価してないってのに」
「ふーん。どっちにしても、田舎の小娘なのにねぇ」
「ですよねぇ」
そのとき、電話の向こうでフギャっと声がした。猫の鳴き声だ。うちの実家に3匹いるうちの一匹だろう。
「あ~、ごめんねータマちゃん、お母さん、足踏んじゃった……」
向こうで笑いながら猫をあやしている母の声が聞こえる。何だかすごく微笑ましかった。
「タマちゃんが怒ってどっかに行っちゃったわ。ちょっと待って、おばあちゃんに代わるから、話してあげて。すごく心配してたのよ、さっきの電話であんたの声が暗いから」
そして母が別の部屋に移動しているらしき足音が聞こえて、次におばあちゃんが電話に出た。
「あ、おばあちゃん?元気?」
「元気だよー。でもルイちゃんの声は元気なさそうだね、少し……」
いつもながら凄いとも思う。どれだけ元気に話そうとしていても、やっぱり彼女には見抜かれてしまう。
「大丈夫、もう元気」
「そう?ルイちゃん、香港が疲れたら戻っておいなさいね。金稼ぎなんてしなくていいから。ご飯が食べれなくなったらいつでも帰ってきてね」
おばあちゃんにそう言われるたび、いつも涙がホロリと出そうになる。
そしてまた母に代わった。
「稼いでもらわなきゃ困るわよ」
そう言って笑っている。
「勿論、稼ぎますよ~」
「頑張ってね。それじゃぁね、ご飯の後片付けするから」
電話を切って、少し気が楽になっていた。
昨日と違って、何だか凄くスローに時間が流れる土曜日だ。
母は私がこの香港で、どんな生活を送っているか、ちゃんと私から聞いて知っている。
パーティとリッチ・ガイ、お金とセックスとドラッグの誘惑にいつも囲まれていることも。
それでも、彼女は私を心配せず、信用してくれている。本当に有難いことに。
私がしつこいリッチガイたちの誘惑を断るハードコアなストーリーを聞きつつも、その男が私をトイレに連れ込み、隣でコークをキメる様を聞きつつも──、彼女にとって一番問題なのは、その瞬間、可愛がっている猫の足を踏んだことなのだ。人の話をすっかり忘れて、大慌てで猫に謝っている。
そして私は、彼女がそうであることに、感謝してしまう。彼女の娘であることにも、感謝してしまう。
今日土曜日は、もう出かけないでおこう。
昨日の出来事だけで、今週はもう、心のキャパシティ──ハードコア専用部分──が埋まってしまった気がするから。
実家に帰って、猫と眠りたい。